✈️ 1. 抗力と聞いて、何を思い浮かべるか
飛行機にかかる「抗力」と聞いて、まず思い浮かぶのは「空気の抵抗」だと思います。
確かにそのイメージは正しいです。飛行中の機体には、前方から空気がぶつかり、その流れをかき乱すことで速度を落とす方向の力が働きます。
このような抗力は「有害抗力(Parasitic Drag)」と呼ばれ、機体形状・突起物・表面のざらつきなど、飛行機が空気の流れを“邪魔”することで生まれます。
飛行速度が上がるにつれてこの抗力は急激に増加するため、巡航性能や燃費に大きな影響を与えます。
しかし、飛行中の飛行機にかかる抗力は、それだけではありません。
たとえ完璧に流線型に整えられた滑らかな機体であっても、抗力はゼロにはなりません。
なぜなら、揚力を発生させる限り、別の種類の抗力が必ず生まれるからです。
これを「誘導抗力(Induced Drag)」といいます。
これは、揚力を得るための“代償”として避けることのできない抗力であり、飛行機が空を飛ぶ限り、必ずついて回る存在です。
✈️ 2. 抗力の分類を整理する
飛行機にかかる抗力には、大きく分けて2つの種類があります。
ひとつは、私たちが「空気の抵抗」として認識している有害抗力(Parasitic Drag)、もうひとつが今回の主題である誘導抗力(Induced Drag)です。
これらは発生の仕組みも、飛行速度との関係もまったく異なります。
◉ 有害抗力:空気の流れを邪魔することで生じる抗力
有害抗力とは、機体の構造が空気の流れを乱すことで生まれる抵抗です。
さらに以下の3つに細分化されます。
- 形状抗力(Form Drag)
機体の断面形状や突起物などによって空気の流れが妨げられ、前方から強い押し返しを受けるような抗力。 - 干渉抗力(Interference Drag)
異なる空気の流れが交わる部分(例:翼と胴体の付け根)で流れが乱れ、予想以上の抗力が発生する。 - 表面摩擦抗力(Skin Friction Drag)
空気が機体表面に沿って流れる際、表面の粗さによって空気が引きずられるようにして生まれる抗力。
これらの有害抗力は、飛行速度が上がるほど急激に大きくなります。
とくに高速巡航時には、この有害抗力が抗力全体の大部分を占めます。
◉ 誘導抗力:揚力を生むことによって不可避的に生じる抗力
一方で、もうひとつの抗力である誘導抗力(Induced Drag)は、飛行機が揚力を生み出すために避けられずに発生するものです。
これは「空気の流れを邪魔するから生まれる」のではなく、揚力を得るという本質的な行為そのものが生む“副作用”とも言えます。
特に低速・高迎え角の状態では誘導抗力の割合が大きくなり、離着陸時などでは無視できない要素になります。
抗力という現象の中には、こうした「意図せずに生まれるもの」と「意図的な代償として生まれるもの」の両方が含まれています。
次の章では、後者の「誘導抗力」そのものの正体について、もう少し具体的に掘り下げていきます。
✈️ 3. 誘導抗力の正体とは?
飛行機が揚力を得るには、ただ水平に進むだけでは足りません。
空気の流れに変化を与え、翼の上下で圧力差を生み出さなければなりません。
そのために必要なのが「迎え角」です。
ところが、この迎え角にはちょっとした副作用があります。
それが「揚力の向き」が、ほんのわずかに後ろへ傾いてしまうという現象です。
◉ 揚力はまっすぐ上じゃない?
教科書では、揚力は飛行経路に対して垂直に働くと書かれています。
しかし、実際の空気の流れはもう少し複雑です。
翼には迎え角があり、特に翼端では気流が下へ巻き込むように流れています。
このとき、揚力全体の向きがほんの少しだけ、後ろへ傾いてしまう。
この傾きをベクトルとして分解すると、
- 上向きの成分 → 揚力として働く
- 後ろ向きの成分 → これが誘導抗力

◉ 揚力の“代償”として生まれる抗力
飛行機が空を飛ぶには揚力が必要。
でもその揚力が、抗力という形で少しだけ自分を引っ張ってしまう。
これが、誘導抗力の本質です。
流線型の完璧な機体でも、揚力を得ている限り、この抗力はゼロにはできません。
いわば「空を飛ぶことのコスト」と言ってもいいかもしれません。
◉ 特に低速・高迎え角では要注意
速度が遅くなると、揚力を保つために迎え角を大きくする必要が出てきます。
このとき、揚力の後方成分も大きくなり、誘導抗力が急増します。
離陸直後やアプローチ時にパワーが必要になるのは、この影響も大きいのです。
✈️ 4. ピッチと迎え角は同じじゃない
迎え角が大きくなると揚力が増え、同時に誘導抗力も大きくなる──。
ここまでは納得できたとしても、「じゃあ機体のピッチ(機首の上下)と迎え角って同じなの?」という疑問が浮かぶかもしれません。
たとえば、機体のピッチが下がっている(0°以下)のに、水平に飛んでいる飛行機を見たことがあるでしょうか?
訓練機ではよくあることです。
このとき、揚力はどうやって得られているのでしょうか?
◉ キーワードは「取り付け角(Angle of Incidence)」
実は、ピッチと迎え角はまったく別の概念なんです。
ピッチは機体の縦軸と水平線との角度を示しますが、迎え角は翼のコードラインと相対風との角度を示します。
そして、ほとんどの飛行機では、翼が機体に対して少し上向きに取り付けられています。
これを「取り付け角(Angle of Incidence)」と呼びます。
◉ ピッチがマイナスでも、迎え角は保たれている
飛行中、機体のピッチがたとえ0°以下でも、
翼は相対風に対して迎え角を持っている。
つまり、揚力はちゃんと発生しています。
だって、飛行機が飛んでいるんですから。
これは、取り付け角があるおかげで、ピッチ角が小さくても必要な迎え角が得られるように設計されているからです。
➡ 結果として、機体がやや下を向いて飛んでいるように見えても、揚力も誘導抗力もしっかり発生しています。
◉ 迎え角が変わると、抗力も変わる
迎え角が大きくなると、揚力は増えるが、誘導抗力も増える。
これはピッチの変化とは直接関係しません。
あくまで迎え角がどう変化しているかがポイントになります。
外から見ると「機首が下がっているのに浮いている」ように見える飛行機も、
その内部では計算された取り付け角と迎え角のバランスによって、ちゃんと飛行が成り立っているというわけです。
次の章では、この誘導抗力がどうやって変化し、どうすれば減らせるのかについて見ていきましょう。
✈️ 5. 誘導抗力をどう見極め、どう減らすか
ここまでで、誘導抗力の正体やその発生メカニズムについて見てきました。
では実際に、飛行中にこの抗力がどう変化し、どのように抑えることができるのかを考えてみましょう。
◉ 誘導抗力と速度の関係
誘導抗力は、速度が遅くなるほど増えるという性質を持っています。
その理由は単純で、低速になると十分な揚力を得るために、迎え角を大きくとらなければならなくなるからです。
迎え角が大きくなると、揚力ベクトルの後方成分、つまり誘導抗力の割合が増えます。
逆に、高速で飛行しているときには、少しの迎え角で必要な揚力を得られるため、誘導抗力は小さくなります。
◉ 有害抗力とのバランス
ここで、ひとつ重要なことを整理しておきましょう。
それは、有害抗力と誘導抗力は、速度に対する挙動が逆になるという点です。
抗力の種類 | 速度が上がると | 速度が下がると |
---|---|---|
有害抗力 | 増える | 減る |
誘導抗力 | 減る | 増える |
つまり、飛行速度には「どちらの抗力も最小になる最適点(=L/D最大点)」が存在していて、
これはグライドスピードや最大距離航続などの性能に直結しています。
◉ 誘導抗力を減らす工夫
では、設計の観点から誘導抗力を減らすためには、どのような方法が取られているのでしょうか。
代表的なのが、アスペクト比(翼の細長さ)を大きくすること。
グライダーのような細長い翼は、同じ揚力を得るために必要な迎え角が小さくて済むんです。
その結果、誘導抗力が少なくなります。

もうひとつの代表例が、翼端板(ウィングレット)です。
翼端で発生する渦を和らげることで、揚力ベクトルの後方成分(=誘導抗力)を抑える効果があります。

飛行機は、ただ空気の中を突き進むだけではなく、
揚力と抗力のバランスを精密にコントロールしながら空を飛んでいます。
そしてその中で、誘導抗力は見えないけれど確実に存在し、
飛行性能や燃費、安全性にも大きく関わっています。
✈️6.さいごに
飛行機にかかる力は、目に見えないけれど確かに存在し、
それぞれが絶妙なバランスで保たれているからこそ、私たちは空を飛ぶことができます。
「誘導抗力」という現象もそのひとつ。
ただの空気抵抗とは違い、揚力と切っても切れない関係を持つこの力を理解することで、
飛行機の仕組みがぐっと身近に感じられたのではないでしょうか。
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